アクアポニックス。聞き慣れない言葉で、しかも長い。検索して仕組みは分かっても、いつ誰が始めたのかまでは、たいてい書かれていません。
この記事では、名前の由来と、技術としての来歴をまとめます。年号と人名は、国連食糧農業機関の手引きの本文にあたって確かめたものだけを書きます。この分野は出どころの怪しい通説が流通しやすいので、そこは慎重にいきます。
- 名前は養殖と水耕栽培を合わせた造語です。だから中身も、その2つの足し算です。
- 考え方そのものは千年単位で古い。魚の排泄物で作物を育てる方法は、アジアと南米の古い文明が使っていました。
- 現代型が生まれたのは1970年代後半。それ以前の試みは、ほとんどうまくいっていません。
- 1980〜90年代に、生物ろ過と魚と植物の比率が分かって、いまの形になりました。
- 日本語の定訳はありません。「魚菜共生」などと訳されますが、そのまま片仮名で呼ぶのが一般的です。
言葉の成り立ち|2つの言葉を足しただけ
アクアポニックスは造語です。魚を育てる養殖と、土を使わずに植物を育てる水耕栽培。この2つの言葉をつなげて作られました。
そっけない名前に思えますが、中身をこれ以上正確に表す言い方もありません。この技術は本当に、その2つを1つの水で回しているだけだからです。仕組みの説明も、結局はその接続点の話に尽きます。
日本語の定訳はありません。「魚菜共生」と訳されることもありますし、事業者によっては独自の呼び名を使っています。ただ、業界誌でも学会誌でも片仮名のまま書かれるのが普通なので、無理に訳す必要はないでしょう。
ちなみに、よく混同される水耕栽培との違いは、栄養の出どころです。水耕栽培は肥料を溶かした水を使い、アクアポニックスは魚のフンを細菌が変えたものを使います。名前の後半だけが同じで、前半が違う。それだけの関係です。

考え方は、千年単位で古い
技術としては新しいのに、発想は古い。国連食糧農業機関の手引きは、魚の排泄物で植物を育てるという考え方は千年単位で存在してきたと書いています。アジアと南米の初期の文明が、それぞれこの方法を使っていました。
言われてみれば当然の話でもあります。魚を飼えば水が汚れる。汚れた水を畑に撒けば作物が育つ。ここに気づくのに、化学の知識は要りません。手順を知らなくても、結果は見えていました。
ただし、それは今のアクアポニックスとは別物です。古い方法は、汚れた水を作物へ「持っていく」片道の使い方でした。水を戻して循環させ、魚と植物を同じ水で同時に養うには、あと千年ほど必要になります。
現代型が生まれたのは、1970年代後半
ここからが技術の歴史です。手引きによれば、現代のアクアポニックスの出発点は1970年代後半のニュー・アルケミー研究所と、北米・欧州の学術機関の先駆的な仕事にあります。
そして重要なのは、その次の一文です。1980年代の技術的な進歩より前は、水耕栽培と養殖を統合する試みのほとんどが、限られた成功しか収めていませんでした。やろうとした人はいたけれど、うまくいかなかった。
何が足りなかったのか。手引きは3つを挙げています。設計、生物ろ過、そして魚と植物の最適な比率です。1980年代から90年代にかけてこの3つが進み、水と栄養を循環させる閉じた系が成り立つようになりました。
この3つ目が、いまでもこの技術の核心です。餌の量を決めれば残りが決まるという話も、メダカでは葉物1株に届かないという話も、すべてこの比率の問題に帰ってきます。40年前に見つかった急所が、いまも家庭の装置で同じように効いている。

名前が残っている研究者たち
手引きが名前を挙げている人たちを紹介します。この分野は研究の拠点が世界的にも少なく、個人の仕事がそのまま歴史になっています。
ジェームズ・ラコシー。バージン諸島大学での研究開発を通じて、この分野を主導した人物として挙げられています。魚と野菜の生産を最大化しつつ生態系の均衡を保つための、重要な比率と計算式を確立しました。
ウィルソン・レナード。オーストラリアで、別の方式に向けた計算と生産計画を作りました。
ニック・サビドフ。カナダのアルバータで2年間にわたる研究を行い、いくつかの重要な栄養が満たされた条件では、アクアポニックスがトマトとキュウリの生産で著しく優れた結果を出すことを示しました。実ものが難しいのは栄養が足りないからで、足せば穫れるという当サイトの書き方も、この方向の知見に沿っています。
モハマド・アブドゥス・サラム。バングラデシュ農業大学で、家庭規模の自給的な農業としてのアクアポニックスを前進させました。
もう一つ、印象的な数字があります。ノースカロライナ州立大学の初期の系では、統合した系の水の使用量が、池での養殖の5パーセントだったと報告されています。ティラピアを育てた場合の比較です。水の少ない地域にこの技術が向いている理由が、ここに出ています。
商業化は、まだ難しいまま
歴史を語るとき、成功した話だけを並べると嘘になります。手引きは商業規模について、かなり率直に書いています。
初期費用が高く、この規模での包括的な経験が限られているため、商業・準商業の設備は数が少ない。そして多くの商業事業が失敗してきた。利益が初期の投資計画の要求に届かなかったからです。
存在している商業設備の多くは単作で、たいていレタスかバジルを作っています。学術機関が建てた大型の設備も、その多くは研究用であって、民間と競争するために作られたものではありません。
2014年の記述ですが、構図は大きくは変わっていません。うちが「儲かるのか」の記事で書いた話と、手引きが書いていることは同じ方向を向いています。技術は解けていて、事業のほうが難しい。
いま、どこで使われているか
手引きは、この技術の現在の用途を4つに分けています。日本で見かける文脈も、だいたいこのどれかです。
1つめが家庭規模。目安として、魚の水槽が約1,000リットル、栽培面積が約3平方メートル程度が家庭規模とされています。家族の食卓向けの生産です。
2つめが準商業・商業規模。3つめが教育で、小中学校から大学、社会人向けの教室まで幅広く使われています。生物や化学だけでなく、料理や倫理まで扱える教材になる、という説明のしかたは的を射ています。
4つめが人道支援と食料安全保障です。手引きは実際に取り組みが見られる国として、バルバドス、ブラジル、ボツワナ、エチオピア、ガーナ、グアテマラ、ハイチ、インド、ジャマイカ、マレーシア、メキシコ、ナイジェリア、パナマ、フィリピン、タイ、ジンバブエを挙げています。
この技術がいちばん力を発揮するのは、土か水のどちらかが足りない場所です。逆に言えば、土も水も足りている地域では「同じものを畑で作ればいい」となる。手引き自身が、そう書いています。
「昔からある技術」という言い方には、注意がいる
この技術を紹介する文章では、古代の農法を引き合いに出す書き方がよく見られます。湖の上に畑を作った文明の話などです。ロマンがあり、導入としては魅力的です。
ただ、そこには飛躍があります。手引きが書いているのは「魚の排泄物で植物を育てる考え方が千年単位で存在した」ということまでで、それが現代のアクアポニックスに直接つながっているとは書いていません。むしろ、1980年代の技術的進歩の前は統合の試みがほとんど成功しなかった、と明記しています。
つまり、発想の系譜と技術の系譜は別です。古代から連綿と受け継がれてきた農法ではなく、古い発想が最近になって別の方法で実現した。そう描くほうが正確でしょう。
細かいことに見えますが、この違いは実用にも効きます。「昔からある技術だから簡単」と思って始めると、立ち上げの待ち時間や比率の計算といった、最近になって分かった部分でつまずきます。つまずく場所が決まっているのは、そこが新しい技術だからです。
これから何が変わりそうか
歴史の最後に、いまの位置を書いておきます。手引きが出たのは2014年ですが、そこから変わった点と、変わっていない点があります。
変わったのは、情報の量です。手引きが「研究と実践の拠点は世界的にも少ない」と書いていた状況から、実践者の記録がはるかに増えました。個人が書いた電子書籍も、動画も、こういうブログも、その一部です。
変わっていないのは、商業化の難しさと、技術そのものの急所です。魚と植物の比率、生物ろ過、水温。40年前に整理された論点が、いまも同じ形で効いています。装置の見た目は洗練されましたが、水の中で起きていることは変わっていません。
だからこの分野では、新しい情報ほど価値があるとは限りません。2014年の手引きがいまも一次資料として通用するのは、扱っているのが流行ではなく仕組みだからです。

日本での広がり方
最後に、日本での位置づけに触れます。本を探すと分かるのですが、この国ではアクアポニックスが農業ではなく陸上養殖の側から語られてきました。
実際、日本語で読める詳しい記述は、陸上養殖の専門書の一章として書かれていることが多い。業界誌の連載も、養殖の雑誌に載っています。園芸の棚を探しても見つからないのは、そのためです。
この出自は、情報の性格にも表れています。水質や魚の管理についての記述は厚く、逆に「どの野菜が育つか」「いつ穫るか」といった園芸側の話は薄い。当サイトが品目ごとの可否や収穫の作法を細かく書いているのは、そこが空いているからでもあります。
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まとめ
発想は千年古く、技術は50年若い。魚の水で作物が育つことは昔から知られていて、それを閉じた輪にする方法だけが、最近になって分かりました。
分かった中身は、設計と生物ろ過と、魚と植物の比率。この3つ目が、いまも家庭の装置でいちばんつまずく場所です。歴史をたどると、結局そこに戻ってきます。
この記事の年号と人名は、国連食糧農業機関の手引きの本文で確かめました。無料で全文が読めます。
よくある質問(FAQ)
Q. アクアポニックスの語源は何ですか。
A. 魚を育てる養殖と、土を使わない水耕栽培。この2つの言葉を合わせた造語です。日本語の定訳はなく、「魚菜共生」と訳されることもありますが、片仮名のまま呼ぶのが一般的です。
Q. アクアポニックスの歴史はいつから始まりますか。
A. 魚の排泄物で植物を育てる考え方自体は千年単位で古く、アジアと南米の初期の文明が用いていました。現代型の出発点は1970年代後半で、それ以前の統合の試みはほとんど成功していません。
Q. 現代のアクアポニックスは誰が作ったのですか。
A. 特定の一人ではありません。1970年代後半のニュー・アルケミー研究所と北米・欧州の学術機関の仕事が出発点で、その後ジェームズ・ラコシーがバージン諸島大学で魚と植物の比率と計算式を確立しました。
Q. なぜ1980年代まで実用化しなかったのですか。
A. 設計、生物ろ過、そして魚と植物の最適な比率という3つが分かっていなかったためです。この3つが1980年代から90年代に進んで、水と栄養を循環させる閉じた系が成り立ちました。
Q. アクアポニックスは日本ではどう扱われていますか。
A. 農業ではなく陸上養殖の分野として語られてきました。日本語の詳しい記述は陸上養殖の専門書の一章や、養殖の業界誌の連載として書かれていることが多くあります。

