半年ぶりに試験紙を水に浸したら、色が想定より黄色い。読み取ると6を割っていました。魚は普通に泳いでいるし、水も澄んでいる。それでも数値だけが、静かに下へ動いていた——アクアポニックスでいちばんよくある崩れ方は、この形をしています。
ただし、下がること自体は失敗ではありません。この装置の水は、放っておけば酸性に向かうのが正しい動きです。問題は、下がりきった状態に気づかないことだけです。どこまでは放っておいてよくて、どこから何をするのか。順に書きます。
- pHが下がるのは、装置が正常に動いている証拠です。硝化そのものが酸を出しています。
- 手を打つ目安は6.5を下回ったとき。それまでは下がっていく事実だけ見ておけば足ります。
- 戻すならカキ殻や貝殻です。酸に溶けて働き、酸が減れば溶けなくなるので、行き過ぎません。
- 水酸化物系のpH調整剤は、入れた分だけ動きます。行き過ぎたときに戻す手がありません。
- 逆に弱アルカリで居座っているなら、そちらが異常です。魚が少ないか、硝化が止まっています。

なぜ下がるのか|硝化そのものが酸を出している
魚のフンから出たアンモニアを、細菌が亜硝酸へ、さらに硝酸塩へと変えていきます。この硝化という反応の副産物が酸です。だから細菌がよく働くほど、水は酸性へ動きます。
言いかえると、pHが下がっているのは装置がちゃんと仕事をしている証拠です。数値が動かないほうが、むしろ細菌が働いていないことを疑う場面になります。
ここを知らないと、下がるたびに調整剤を足すことになります。原因が止まっていないので、また下がる。足す。その繰り返しで、水は行ったり来たりを続けます。
どこまで放っておいていいか
魚と細菌は中性から弱アルカリを好み、野菜は弱酸性のほうが養分を吸えます。三者の折り合いをつけた妥協点が6.8〜7.0、実用上の安全域が6.5〜7.5です。
手を打ちはじめるのは6.5を下回ったときです。ここから下では硝化細菌の働きが鈍り、アンモニアの分解が滞りはじめます。魚に危険が及ぶのは、pHそのものではなく、この滞りのほうです。
逆に7.5を超えると、今度は野菜が鉄やマンガンを吸えなくなります。新しい葉から黄色くなるのはこの型で、鉄を足すより先にpHを見るべき場面です。
戻し方|カキ殻は、行き過ぎない
下がったpHを戻す材料はいくつかありますが、うちが使っているのは貝殻とカキ殻です。理由は2つあります。
1つめは、行き過ぎないことです。カキ殻の主成分である炭酸カルシウムは、酸に触れて溶けます。つまり水が酸性なら溶けて働き、pHが戻って酸が減れば、それ以上は溶けにくくなる。入れっぱなしでも、どこかで自分から止まります。
2つめは、pHを押し戻す力そのもの――炭酸塩硬度と呼ばれる、水の粘り強さ――が一緒に入ることです。これが増えると、次からの下がり方がゆるやかになります。数値を戻すというより、揺れにくい水にする作業に近い。
ただし「絶対に上がりすぎない」わけではありません。殻の量が多く、酸の出が少なければ、溶けるのが止まる位置――つまり弱アルカリのあたり――に居座ることがあります。入れる量は控えめから始めて、数値を見ながら足すのが安全です。
入れ方の実務
置く場所は、水がよく流れるところです。栽培槽の培地の中や、水が落ちる手前など、常に新しい水が当たる位置に置きます。よどんだ隅に沈めても、ほとんど溶けません。
ネットや網の袋にまとめて入れておくと、量の増減も、取り出すのも簡単です。効きすぎたと思えば、袋ごと減らせばいい。この「戻せる」という点が、粉や液体との決定的な違いです。
そして急がないこと。1日に動かすのは0.2〜0.3までを上限にしてください。魚も細菌も、数値そのものより急な変化に弱いからです。1日で戻そうとした結果、魚を落とすほうがよほど痛い失敗になります。
入れる量は、どう決めるか
「控えめから」と書きましたが、控えめがどれくらいか分からないと動けません。考え方を書きます。
基準になるのは、カキ殻の量ではなく水の量と、毎日入れている餌の量です。餌が多いほど硝化が進み、出る酸も多くなります。つまり同じ水量でも、魚の多い設備ほど殻は多く要ります。
手順としては、まず少量を入れて1週間見ます。pHが下げ止まったなら、その量で釣り合っています。まだ下がり続けるなら足す。上がってきたなら減らす。1週間ごとに1回だけ動かすペースで、2〜3回もやれば落ち着きます。
網の袋に入れておくと、この増減が数分で済みます。うちがそうしているのは、この調整をやり直せるようにしておくためです。
殻は少しずつ溶けて減っていきます。年に一度、春の点検のときに袋を引き上げて、痩せていれば足してください。表面に汚れが付いて溶けにくくなっていることもあるので、そのときは軽くすすぎます。
測り方の実務
数値を動かす前に、測り方が正しいかを確かめておきます。ここがずれていると、直す必要のないものを直すことになります。
普段は試験紙で十分です。ただし試験紙は色で読むので、同じ光の下で読むことが精度に効きます。屋外の直射日光の下と、室内の蛍光灯の下では、同じ色でも違って見えます。
おかしいと感じたときだけ、液体の試薬で確かめます。試験紙で流し見て、疑わしいときに試薬という二段構えが現実的です。
測る時刻もそろえてください。日中は植物の光合成で水中の二酸化炭素が減り、pHはいくらか上がります。夕方に測って安心し、朝に測ったら低かった、ということが起こります。朝の同じ時間に測るのがいちばん比べやすいです。
試験紙には期限があります。開封して湿気を吸ったものは色が出ません。長く使っていないものは、新しいものと1度突き合わせておくと安心です。
やってしまいがちな事故
実際に起きやすい失敗を3つ挙げます。どれも「早く直そうとした」ことが原因です。
1つめは、一気に戻して魚を落とす。pHが5台まで落ちていると焦りますが、そこから一日で7へ戻すのは、魚にとって別の水へ引っ越すのと同じです。数値の高さより、変化の速さのほうが危険です。
2つめが、下がるたびに調整剤を足す運用です。原因が止まっていないので、また下がります。上げて、下がって、上げて。この往復こそが魚を弱らせます。
3つめが、pHだけを見て他を見ないこと。pHが低いときは硝化が鈍っているので、アンモニアと亜硝酸も同時に確かめてください。危険なのはpHそのものではなく、その裏で処理されずに残っている毒のほうです。
やらないほうがいいこと
水酸化物系のpH調整剤は、入れた分だけ数値が動きます。効くのは確かですが、行き過ぎたときに戻す手がありません。魚のいる水で行き過ぎは怖いので、うちでは使いません。
重曹のような台所の材料も、同じ理由で扱いが難しい相手です。溶けきる材料は、入れた量がそのまま結果になります。
また、pHが下がったからといって全量の水換えをするのは逆効果です。できあがった水と一緒に、細菌の一部まで捨てることになります。

逆に、pHが上がっているとき
ここまでの話をひっくり返すと、診断ができます。この装置で水が弱アルカリに居座っているなら、酸が出ていないか、アルカリが入りすぎているかのどちらかです。
酸が出ていない側の原因は2つ。魚が少なすぎてアンモニアがほとんど出ていないか、水温が低いなどの理由で硝化が動いていないかです。野菜に対して魚が足りていない設備では、栄養不足とpHの高止まりが同時に出ます。
アルカリが入りすぎている側の原因も2つ。カキ殻や貝殻の量が多いか、足し水そのものの硬度が高いかです。ハウスのように足し水の量が多くなる置き方だと、水道水の性質が効いてきます。
どちらの側が勝っているのかを見てから動く。これが分かれば、数値を上げ下げするだけの追いかけっこから抜けられます。
足し水の水道水は、どう影響するか
見落とされやすいのが、毎日足している水そのものです。足し水は、量が多ければそれ自体がpHを動かす材料になります。
水道水の性質は地域で違います。硬度の高い地域の水は、それだけで押し上げる側に働きます。逆に軟らかい水なら、ほとんど影響しません。自分の地域の水質は、水道局が公表している検査結果で確認できます。
影響が出やすいのは、蒸発が多くて足し水の量が多い設備です。雨が入らないハウスの中や、水量の小さい容器がこれにあたります。足した水の成分だけが残り、蒸発する水は成分を持っていかないので、続けるほど濃くなります。
確かめ方は簡単です。足し水に使う水を、そのままコップに汲んで測ってみてください。装置の水と大きく違えば、それが毎日入っていることになります。
塩素を抜くのは別の理由からですが、こちらも忘れないでください。塩素は細菌にも効きます。水道水をそのまま足したせいで数値が崩れたという順番の事故は、実際によく起こります。

測るタイミング
安定して回っているなら、週に1〜2回で足ります。大事なのは回数より同じ時刻に測ることです。pHは日中の光合成でも動くので、朝と夕方では違う数字が出ます。
立ち上げ中と、魚を足した直後と、水温が大きく動く時期。この3つの場面だけは毎日か一日おきに見てください。崩れるのはたいてい、うまくいっていると感じている時期です。
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まとめ
下がるのは正常、6.5から下で手を打つ、戻すのは自分で止まる材料で、動かすのは1日0.2〜0.3まで。pHの話は、この4つに集約されます。
そして数値が高止まりしているときこそ、装置の側に理由があります。上げ下げを追いかける前に、酸とアルカリのどちらが勝っているかを見てください。
よくある質問(FAQ)
Q. アクアポニックスのpHが下がるのはなぜですか。
A. 硝化の過程で酸が出るためです。細菌がアンモニアを分解して働いている証拠なので、下がること自体は正常です。放っておけば少しずつ酸性へ向かいます。
Q. pHはどこまで下がったら手を打ちますか。
A. 6.5を下回ったときです。ここから下では硝化細菌の働きが鈍り、アンモニアの分解が滞ります。妥協点は6.8〜7.0、安全域は6.5〜7.5です。
Q. カキ殻を入れるとpHが上がりすぎませんか。
A. 炭酸カルシウムは酸に触れて溶けるため、酸が減れば溶けにくくなり、自然に止まります。ただし量が多く酸の出が少なければ弱アルカリに居座ることはあるので、控えめから始めてください。
Q. pH調整剤を使ってはいけませんか。
A. 水酸化物系の調整剤は入れた分だけ動き、行き過ぎたときに戻せません。魚がいる水では危険が大きいので、カキ殻や貝殻のように自分で止まる材料をおすすめします。
Q. pHが下がらず、むしろ高いままです。
A. この装置では高止まりのほうが異常です。魚が少なくてアンモニアが出ていないか、硝化が動いていないか、カキ殻や足し水からアルカリが入りすぎています。

