海のそばに住んでいる。海水魚を飼いたい。あるいは、井戸水に塩気がある。理由はいろいろですが、「アクアポニックスは海水でもできるのか」という問いは、思ったより多く検索されています。
先に答えを書きます。海水そのままでは、普通の野菜は育ちません。けれど、薄めれば成立します。しかも、薄める度合いによって育てられる作物がはっきり分かれます。
うちの農場は淡水です。錦鯉とメダカで、塩水はやっていません。だからこの記事は、国連食糧農業機関の手引きにある塩水アクアポニックスの節を読んで整理したものです。やっていないことを、やったようには書きません。
- 海水そのままでは、普通の野菜は育ちません。浸透圧の衝撃と、ナトリウムの害が出ます。
- ただし薄めれば成立します。どこまで薄めるかで、育てられる作物が変わります。
- ビートやスイスチャードは海水の6分の1から3分の1で育つと報告されています。
- トマトやバジルは海水の10分の1まで。ただし養分を濃くするなどの工夫が前提です。
- 塩分の下で育てた作物は、味と日持ちの点で淡水より優れるという報告もあります。
なぜ海水では育たないのか
塩が植物に効く道すじは、大きく2つあります。
1つめが浸透圧です。植物は根から水を吸いますが、まわりの水の塩分が濃いと、逆に根から水が出ていきます。手引きはこれを「浸透圧の衝撃」と呼んでいます。水があるのに、脱水する。塩害で植物が枯れるときに起きているのは、これです。
2つめがナトリウムそのものの害です。塩分が高い環境では、ナトリウムが植物の中にたまって毒性を示します。生育が止まり、葉が傷みます。
この2つがあるので、手引きは海水は植物にとって理想的ではないとはっきり書いています。ただし同じ段落で、「それでも、より低い塩分でなら有用な植物を育てることは可能」とも続けています。ここからが本題です。

塩分の濃さで、育つものが変わる
手引きの記述を、濃い順に並べます。数字はすべて海水の強さを1としたときの割合です。
| 塩分の濃さ | 育つもの | 補足 |
|---|---|---|
| 海水そのまま(1) | ほぼ不可 | 普通の野菜は浸透圧の衝撃とナトリウム毒性で育たない |
| 海水の3分の1〜2分の1 | 耐塩性の植物 | オカヒジキ属など、塩に強い種の適した範囲 |
| 海水の6分の1〜3分の1 | ビート・チャード | アカザ科は塩への耐性が高く、容易に育つ |
| 海水の10分の1 | トマト・バジル | 養分濃度を上げる、接ぎ木するなどの工夫が要る |
| 淡水(0) | ほぼ全部 | うちを含め、家庭の装置はここ |
この表のいちばんの発見は、スイスチャードの位置です。アカザ科の植物は塩への耐性が高く、海水の6分の1から3分の1という、かなり塩気のある水でも容易に育つと書かれています。
うちの栽培槽の主力もスイスチャードですが、それは丈夫で長く穫れるからでした。塩にも強かったというのは、あとから知った話です。同じアカザ科のビート、ほうれん草の仲間も、この性質を共有しています。

耐塩性の植物という選択肢
もっと濃い側には、そもそも塩水で育つ植物の一群があります。手引きはこれをハロファイト(耐塩性の種)と呼び、乾燥地や塩害地で生産を高めうるものとして紹介しています。
名前が挙がっているのは、オカヒジキの仲間、シーフェンネル、ハマアカザの仲間、アッケシソウの仲間。日本でも海辺に生える植物や、食材として流通しているものが含まれます。
これらの適した塩分は、海水の3分の1から2分の1。さらに濃い環境に耐える種もあると書かれています。
面白いのは、これらが単なる「我慢して育つ植物」ではないことです。手引きは、付加価値の高い特産作物として扱われるものがあると書いています。穀物として使われるトウジンビエやキヌア、燃料用に育てられるものもある。塩水を持て余している場所では、これが資源になります。
トマトやバジルも、10分の1までなら
意外だったのがここです。手引きは、トマトやバジルのような一般的な作物でも、海水の10分の1までなら相当な生産が可能だと書いています。
ただし条件付きです。そのままではなく、個別の農法上の工夫を採り入れることが前提とされています。挙げられているのは、養分の濃度を上げること、植物を事前に馴らすこと、耐塩性の台木に接ぎ木すること、環境制御を改善すること、そして密植することです。
家庭の装置で、ここまで揃えるのは現実的ではないでしょう。淡水でも実ものは難しいのに、塩分という条件が乗るからです。ただ「塩気があるからもう無理」ではない、と知っておく意味はあります。
そして、報告のなかでいちばん意外なのがこの一文です。塩分の下で育てた作物は、風味や食味、日持ちの点で淡水のものより優れるとされています。塩は、生育には不利でも、品質には有利に働くことがある。
日本の家庭で、実際にやるとしたら
ここからは、条件を日本の家庭に引き寄せて考えます。
海水魚を飼いながら野菜を育てたいという場合、いちばん素直な答えは「同じ水では回さない」です。海水魚が必要とする塩分は、ほとんどの野菜が耐えられる範囲を超えています。魚の側に合わせれば野菜が死に、野菜に合わせれば魚が持ちません。
現実的なのは汽水の生き物を選ぶことです。塩分を落とした水で飼える魚と、塩に強い植物を組み合わせる。手引きが紹介している事例も、この考え方の延長にあります。
もう一つ、日本で起こりやすいのが意図しない塩分の上昇です。塩水を使っていなくても、蒸発が続いて足し水だけを繰り返すと、水に溶けた成分は濃くなっていきます。とくに雨が入らないハウスの中では、この現象が起きやすい。
魚の病気の治療で塩を使ったあとの水も同じです。塩浴した水はシステムに戻さないと繰り返し書いているのは、そのためです。魚には効く濃度でも、野菜には十分すぎる塩分になります。
塩分を測るには
塩の話をするなら、測り方にも触れておく必要があります。塩分は、見ても匂っても分かりません。
家庭で使えるのは、水に挿すだけで数秒で読める電気伝導度の計測器です。水に溶けている成分の総量を、電気の通りやすさで見るもので、水質で見るべき5つの数値のひとつにも入っています。塩分そのものを表示する機能が付いた機種もあります。
大事なのは、絶対値より変化の向きです。同じ設備で同じ時刻に測り続けて、じわじわ上がっているなら、蒸発と足し水で濃くなっているということ。横ばいなら、出ていく量と入る量が釣り合っています。
上がり続けているときの手当ては単純です。足し水ではなく、水を一部入れ替える。3分の1までなら、できあがった水と細菌を壊さずに薄められます。
汽水でやるなら、どの生き物か
塩分を落とした水、いわゆる汽水でやる場合についても、考え方だけ書きます。うちは経験がないので断定はしません。
汽水は、海と川が混じる場所の水です。そこには両方に耐える生き物がいて、日本の身近な水辺にもいます。魚の選び方の基本は淡水と同じで、その水温とその塩分で健康に暮らせるかを最初に確かめます。
ただし難易度は確実に上がります。調整する変数が1つ増えるからです。水温、pH、アンモニアと亜硝酸、硝酸塩。そこに塩分が加わります。しかも塩分は、蒸発で勝手に濃くなる方向へ動きます。
そして植物の側の選択肢が狭まります。塩に強い植物が、育ててみたい野菜と一致するとは限りません。「海水魚も飼えて、好きな野菜も穫れる」という組み合わせは、まず成立しないと考えたほうが現実的です。
それでも挑むなら、順番があります。まず淡水で1年回して、装置と自分を慣らす。そのうえで塩分を上げるのではなく、塩に強い作物のほうへ寄せる。この順ならやり直しがききます。

この技術が本当に光る場所
塩の話を追っていくと、この技術の位置づけが見えてきます。
手引きは、海水や汽水の養殖と農業を統合することで、沿岸部や塩害を受けやすい地域に、これまでの農業ができなかった食料生産の道が開けると書いています。土が塩をかぶって使えなくなった土地でも、土を使わないこの方法なら作物が作れる。
同じことは、乾燥地についても言われています。歴史の記事で触れたとおり、統合した系の水の使用量が池での養殖の5パーセントだったという報告もあります。水が足りない場所、土が使えない場所。ここでこの技術は本領を発揮します。
逆に言えば、土も水も豊かな日本の家庭で「効率」を理由にこれを選ぶ必要はありません。儲かるのかという問いに慎重な答えしか返せないのも、結局は同じ理由です。
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まとめ
海水そのままでは育たない。けれど薄めれば育つ。しかも薄め方の度合いで、育つ作物がきれいに分かれます。
アカザ科は海水の6分の1から3分の1、トマトやバジルは10分の1まで。そして塩に強い植物の一群は、もっと濃い水でも育ちます。
この記事の数字は、国連食糧農業機関の手引きの該当節を開いて確認したものです。うちは淡水でしかやっていないので、実測ではありません。
よくある質問(FAQ)
Q. アクアポニックスは海水でできますか。
A. 海水そのままでは普通の野菜は育ちません。浸透圧の衝撃とナトリウムの害が出るためです。ただし薄めれば成立し、どこまで薄めるかで育てられる作物が変わります。
Q. どのくらいの塩分なら野菜が育ちますか。
A. 国連食糧農業機関の手引きによると、ビートやスイスチャードなどアカザ科は海水の6分の1から3分の1、トマトやバジルは10分の1までなら相当な生産が可能とされています。ただし後者は養分濃度を上げるなどの工夫が前提です。
Q. 海水魚と野菜を一緒に育てられますか。
A. 同じ水で回すのは現実的ではありません。海水魚が必要とする塩分は、ほとんどの野菜が耐えられる範囲を超えています。汽水で飼える生き物と塩に強い植物を組み合わせるほうが成立します。
Q. 塩水で育てた野菜は味が落ちませんか。
A. 手引きは逆のことを書いています。塩分の下で育てた作物は、風味や食味、日持ちの点で淡水のものより優れるとされています。生育には不利でも、品質には有利に働くことがあります。
Q. 塩分はどうやって測りますか。
A. 水に挿すだけで数秒で読める電気伝導度の計測器が手軽です。大事なのは絶対値より変化の向きで、同じ時刻に測り続けて上がっていくなら蒸発と足し水で濃くなっています。そのときは足し水ではなく、3分の1までの部分的な入れ替えで薄めます。
Q. 汽水でアクアポニックスをやるのは難しいですか。
A. 難易度は上がります。水温やpHに加えて塩分という変数が増え、しかも塩分は蒸発で勝手に濃くなる方向に動くからです。まず淡水で1年回してから、塩分を上げるのではなく塩に強い作物へ寄せる順番をおすすめします。
Q. 淡水でやっているのに塩分が上がることはありますか。
A. あります。蒸発した水を足し続けると、水に溶けた成分は濃くなっていきます。雨が入らないハウスではとくに起きやすいので、定期的に数値を確認してください。魚の塩浴に使った水をシステムに戻さないのも同じ理由です。

